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関東朝日広告社栃木版連載







1日目
2日目
3日目
4日目
5日目
6日目
7日目
6日目
番外編『パリ日記』宇宙の歩き方・地球編

□クリニャンクール蚤の市・・・



蚤の市



オペラ・ガルニエ



オペラ座・劇場ホール







バスティーユ劇場内部



エッフェル塔の灯り



サクレ・クール聖堂



ムーラン・ルージュ



ピガール



終了!
いよいよ最終日。
少し違った雰囲気も楽しみたく、パリの北の外れ「クリニャンクールの蚤の市」に行ってみることにした。
ロシュシュアールで、4番線に乗り換え、終着駅クリニャンクール到着。
衣類や雑貨・家具などが、所狭しと陳列され、中には明らかにガラクタも…
人種で特徴のあるお店を出していたのが、アフリカンとチャイニーズ。 アフリカ系の人々が、地元の民芸品を扱う露店を出していることに、誰も疑問は感じないだろうが、中国の人たちの露店は、必ずと言っていいほどランジェリーショップで、それも派手なものが多かったことは不思議だった。 きっと、あのような裁縫技術は、中国人が得意なのだろう。と勝手に納得し、女性の下着を身に付ける趣味もないので、早々に切り上げ、次の目的地に向かった。

□オペラ・ガルニエ・・・

3日目に、外観だけ見ていた。
「オペラ・ガルニエ」一般的に「オペラ座」と呼ばれるこの建物は、ナポレオン3世の打ち出した、「パリ改造計画」の一つで、設計コンクールで選ばれた、当事36歳の建築家シャルル・ガルニエが、14年もの年月をかけて1875年に完成させた、貴族や資産家の社交場である。 昨日までの5日間で、どうしても中に入ってみたくなった建物が、この「オペラ・ガルニエ」だった。
中に入り、まずエントランスホールに圧倒される。130年の歴史が、ゴッテリした装飾を、良い感じに馴染ませていて、とても落ち着いた。観客席は、とにかく赤と金で、異色な感じがする「シャガールの天井画」以外は、見事に赤・金の皇帝色だった。

1階と、個室の2〜5階に分かれていて、その個室に入る扉には、一つ一つに名前が付けられていた。
中に入ると、また、その一つ一つに待合スペースがあり、席に座って舞台を見ると、これぞプライベート空間といった感じで、隣の席が全く気にならない設計になっていた。
オペラなど全く興味がなかったが、ここでオペラを見てみたいと本当に思った。が、現在は主に、「オペラ・ガルニエ」ではバレエ。
オペラは「オペラ・バスティーユ」に行かないと見られないのだ。
パリで最後の夜なのだから、旧オペラ座のバレエと新オペラ座のオペラ、どちらかは見て帰ろうと考えていると、とても優雅な気分になり、眠くなったので床や空調の噴出し口までマッチしたデザインの待合でベンチに腰掛け、居眠りをした。

目が覚めて「やはりオペラを見たい」との結果になり、新オペラ座「オペラ・バスティーユ」に向かった。
バスティーユには、2日目の夜にも立ち寄ったが、やはりここが、現在一番活気がある。
早速、当日分のチッケットを求めに中に入ったが、なんとなくおかしい。 チケット売り場はガラガラで、「オペラが観たい」と言うと「今日はバレエだ」と返された。
バレエしかやってないのなら、バレエを観てみることにしようと、チケットを購入したが、結構良い席を買ったつもりなのに、なぜか安い。 きっと特別な日か何かだろうと、自分に言い聞かせ、お腹も減っていたので、近くのパッサージュで、中華の昼食を摂った。
インターネットカフェでメールをチェックし、疲れていたので、開演時間まで一度ホテルに帰ることにした。

□オペラ・バスティーユ・・・

パリの夜のエンターテイメントは、8時からスタートするものが一般的らしく、その時間に合わせ、ホテルを後にした。
フロントの女性に「何処に行くの?」と聞かれ「バスティーユのオペラに」と答えた心の奥は、昨日のクレイジーホースのショーよりも、きっとスゴイ感動を受けるはずだ。と意気込んでいた。
地下鉄に乗り、再びバスティーユ到着。
観客席数2700人のホールなのだから、きっとバスティーユ広場は、人でごった返しているのだろう。
最後にスリにやられるかもしれないぞ。とちょっと気を引き締めて地上に上がると、昼間より人が少ない。
正面のエントランスは閉じられていて、脇の入り口から入場した。
開園20分くらい前に列が動き出し、地下に案内された。
全てが小規模な気がして、とても心配で、たどり着いた先は、なんと「小ホール」収容人員はざっと300人くらいだろうか。
がしかし、最後の夜だ、きっとバレエは素晴らしいはずだ。 音響が、照明効果がスゴイんだ。と、開演を待った。

「ジャ〜ン」いきなり鼓膜が痛くなるようなドラの音。 白タイツの人たちが出てくる度に「ジャ〜ン」。
手元のチケットには「北京バレエ」と書かれている。
北京が良いとか悪いとかではなくて、音響の悪さと、パリまで来て北京について鑑賞している自分が、腹立たしくなった。
いくら安かったとは言え、途中で退出するのは気が引けたが、最後の夜を「北京」にするものか。 開演30分で、外に出てしまった。

□モンマルトルの丘・・・

この旅の締めくくりを、もう一度やり直すことが出来ることを、ラッキーと気持ちを変換し、よく考えてみた。
「今日までの6日間、どこが自分の中の一番だったか・・・」地下鉄に乗り、向かった先は、「モンマルトルの丘」3日目の朝、散歩をして始めてパリの街を一望した場所であった。
その後、「モンパルナスタワー」「ポンピドゥー芸術文化センター」「凱旋門」から町並みを見下ろして来たが、どれも人工的な高さに、違和感を覚えた。
丘を一気に登り、そこからパリの夜景を見てみると、人工的ではない、自然が作り出したその高さの、普遍性に感動していたことに気が付いた。
その丘に作られた83mの「サクレ・クール聖堂」と209mのモンパルナスタワーが、地球的には、同じような高さになっていることに、なんとなく寂しさを感じた。

□ムーランルージュ・・・

旅の最後は無事に締めくくれ、充実した気持ちで、駅まで歩いていたのだが、時間的にもう一つ何か見られると欲張り、赤い風車で有名なキャバレー「ムーランルージュ」に行ってみることにした。
あまりネオンサインを見ることのないパリで、その表の赤い風車は、際立っていた。
外観の写真を数枚撮ったが、とても写真映えする色使いでもあった。帰り道、ピガールの駅まで歩いてみたが、この辺一帯は、セックスショップ地帯で、結構声を掛けられる場所だった。
ホテルに帰り、靴を脱ぐと、足の踵に大きなマメが出来ていた。 「旅の最終日無事終了!」帰りの航空券とパスポートを確認し、ベッドに横たわった。